──便利さの裏に潜む“現場のリアル”とは
リモートワークが一般化し、企業のコミュニケーション環境は大きく変化した。
その中心にあるのがクラウドPBXだ。オフィスに物理的なPBXを置かず、インターネット経由で電話環境を提供できるため、コスト削減・柔軟性の高さから多くの企業が導入を進めている。
しかし、クラウドPBXが“情シスの負担をすべて解決してくれる”わけではない。
むしろ、運用の現場では新たな課題が噴出している。
ここでは、情シスの視点に立ち、クラウドPBX運用で実際に直面しやすいポイントと、それがなぜ起こるのかを深掘りしていく。
1. 通信品質トラブルの切り分けが難しい
クラウドPBXは「電話=IP通信」になるため、
音声品質の問題はネットワーク品質の問題と表裏一体である。
典型的な悩み
- 「在宅のAさんだけ通話が途切れる」
- 「特定の時間帯だけ音声が遅延する」
- 「Wi-Fi環境だとたまにノイズが出る」
情シスはこれらの問い合わせに対し、
社内LAN、利用端末、ISP、クラウドPBX側、SIPプロキシ、ルーター設定など、
広範囲を調査しなければならない。
特に在宅勤務者の品質問題は、
企業側で直接管理できない環境(家庭用ルーター、ISP混雑、Wi-Fi干渉)が原因のことも多く、
“解決策は提案できるが強制はできない”というジレンマがある。
2. ID管理・デバイス管理という新たな雑務
クラウドPBXはユーザー単位のアカウントで利用するため、
情シスは以下の管理を避けられない:
- ユーザー追加・削除
- 内線番号の払い出し
- 端末(PC/スマホ)ごとの設定
- MFAや端末証明書の配布
- ログイン情報のリセット
オンプレPBXより柔軟だが、
情シスは「SaaS管理者としての業務」が増える形になる。
特にスマホアプリ利用では、
OSバージョンや端末個体差による動作不良が発生しやすく、
“情シスのサポート範囲が無制限に広がる”という課題が生まれる。
3. セキュリティ設定は思った以上に複雑
クラウドPBXはインターネット経由で利用できる利便性と引き換えに、
SIP攻撃・不正発信・アカウント乗っ取りリスクが常につきまとう。
情シスには以下の対策が求められる:
- MFA/証明書を利用した強固な認証
- IPレピュテーションチェック
- アクセス制御(ゼロトラストモデル)
- DDoS対策(プロバイダー側と連携)
- 暗号化(TLS/SRTP)
特に、
SIPは攻撃対象として非常に有名であり、
毎日ボットによるスキャンが大量に流れてくる。
クラウドPBXベンダーが対策してくれるとはいえ、
企業側の設定ミスによる事故はゼロではなく、
情シスには「セキュリティを理解し、正しく設定する能力」が求められる。
4. ベンダーごとに仕様が違い、ナレッジが分散する
クラウドPBX市場は競争が激しく、
各社が独自の機能やインターフェースを提供している。
その結果、情シスは次のような負担を負う:
- ベンダーごとの管理画面仕様を覚えなければならない
- “どの機能がどのプランに含まれるか”を常に把握する必要がある
- 乗り換え時にはデータ移行・利用者教育が大変
- FAQが少なく、問い合わせないと分からない領域が多い
特に「拠点拡大」「子会社追加」「組織改編」などがある企業では、
クラウドPBXが会社の成長に追いつかないケースも発生する。
5. 利用者教育は継続的に必要
クラウドPBXは“誰でも使える”が、
“誰でも正しく使える”わけではない。
具体的には:
- 通話アプリの設定
- 着信ルールの理解
- ソフトフォンのマイク設定
- パソコン側の音声デバイス切り替え
- ネットワーク品質が悪い時の対処方法
これらはどうしても利用者依存となり、
情シスには繰り返しのサポート依頼が届く。
特にリモートワーク環境では、
「音が聞こえません」
「相手に声が届きません」
といった問い合わせが日常的に発生する。
6. ガバナンス強化と柔軟運用の“二律背反”
情シスの仕事は「セキュリティを強化する」ことであり、
現場の要望は「自由に使いたい」である。
クラウドPBXでは、
このせめぎ合いがより鮮明に表れる。
- セキュリティのためにアクセス制限を厳しくしたい
- でも営業は外出先から自由に使いたい
- テレワーク社員は自宅の環境で使いたい
- BYODは便利だがリスクが高い
情シスは“使い勝手と安全性のバランス”を取り続ける必要があり、
ここに精神的な負荷が生じやすい。
まとめ:クラウドPBXは便利だが、情シスの負担ゼロにはならない
クラウドPBXは確かに優れた仕組みであり、
企業のコミュニケーション基盤として今後ますます普及するだろう。
しかし、
「クラウドにすれば情シスの仕事がなくなる」
というのは誤解である。
むしろ、オンプレPBXとは違う性質の新しい課題を伴う。
- ネットワーク品質の影響分析
- デバイス・ID管理の増加
- セキュリティ対策の高度化
- ベンダー仕様の理解
- 利用者教育の継続
- 利便性とガバナンスの両立
情シスはこれらを総合的に扱い、
企業のコミュニケーション環境を支える“縁の下の力持ち”として
ますます重要な役割を担うことになる。


